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東京高等裁判所 平成7年(ラ)1115号 決定 1995年12月25日

抗告人 国

代理人 住田裕子 倉部誠 安田錦治郎 高橋宏之 新堀敏彦 東亜由美 藤原一晃 矢沢峰夫 比留間治夫

相手方 細川一正 ほか一七名

主文

原決定中相手方らに関する部分を取り消す。

相手方らの本件申立てをいずれも却下する。

抗告費用及び申立費用は相手方らの負担とする。

理由

一  抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨は、主文第一、第二項と同旨の裁判を求めるというものであり、その理由の要旨は、次のとおりである。

1  相手方らの本件請求中、抗告人に対し横田飛行場におけるアメリカ合衆国軍隊の航空機の離着陸等の差止めを求める部分及び将来の損害賠償を求める部分は、同種訴訟における最高裁判所の判決に照らし、勝訴の見込みがないことが明らかである。

2  民事訴訟法一一八条が訴訟上の救助の要件として定める「訴訟費用ヲ支払フ資力ナキ者」とは、訴訟費用の負担が本人及びその家族の日常生活に多少の制約、不便を生じさせるという程度では足りず、それが日常生活を営む上で支障、困窮を来す事情となる程度の経済的状態にある者を意味すると解すべきある。本件においては、<1>訴状に記載された訴訟物の価格は九億二〇〇〇万円、これに対応する訴え提起の手数料額は二八七万七六〇〇円であり、原告一人当たり八九九二・五円に過ぎず、本件訴訟がいわゆる第四次訴訟であることからすると、今後必要とする訴訟費用の額も多額に昇らないと推認できるし、その疎明もないこと、<2>原決定が引用する家計調査年報平成六年によれば、関東地方における勤労者一世帯(三・五九人)当たりの年間平均実収入は七一五万六一二八円、平均実支出は五六二万五八四〇円であるところ、右実支出の内容をみると、日常生活の維持に必要な額を相当上回ること、を考慮すると、三ないし四人家族で世帯の年間収入が右平均実支出額又はこれに若干の額を上乗せした額を基準とし、この基準に達しない者を、訴訟費用を支払う資力がない者とすべきである。

3  訴訟救助の付与の申立てについては、個々の事案に応じて、当面必要な訴訟費用を納付する資力があるか否かを判断して救助の要否を決し、その余の訴訟費用については、その発生が具体的に見込まれる際に改めて判断するという柔軟な処理が望ましい。

4  しかるに、原決定は、三人又は四人家族で家族全体の年収がおおむね七〇〇万円以上の者を基準とした上、相手方らがいずれもこの基準に達しないとして、訴訟上の救助を付与した。この原決定の判断は民事訴訟法一一八条の解釈適用を誤ったものであり、相手方らの個別の事情に照らしても、右判断は不当である。

二  当裁判所の判断

1  本件申立ての適法性について

相手方らは、訴訟上の救助を付与する決定について、当該訴訟における相手方(本件においては抗告人)には即時抗告権がないと主張する。しかしながら、訴訟上の救助に関する裁判に対し即時抗告ができる旨を定める民事訴訟法一二四条には、その対象となる裁判や申立人を限定する文言はない上、訴訟救助を付与する決定については、相手方は、訴え提起の手数料の不納付による訴状却下の裁判を得られない不利益、ひいては濫訴による不利益を受けるおそれがあるなどの利害関係を有するから、相手方は、これに対し即時抗告ができると解すべきである。

2  勝訴の見込みについて

本件訴訟は、相手方らが、抗告人国がアメリカ合衆国軍隊に提供している横田飛行場に離着陸する航空機から発生する騒音等により、精神的・身体的被害や各種の生活妨害を受けているとして、抗告人に対し損害賠償等を求めているものであり、その請求の趣旨第一、第二項(以下「本件差止請求」という。)及び第四項(以下「本件将来請求」という。)は、

「一 被告(抗告人)は、アメリカ合衆国軍隊をして、毎日午後九時から翌日午前七時までの間、

(一)  在日米軍横田飛行場を一切の航空機の発着に使用させてはならず、かつ

(二)  同飛行場において一切の航空機のエンジンを作動させてはならない。

二 被告は、原告らの居住地、通学地、勤務地などの上空において、昼夜を問わず、航空機の旋回、急上昇などの訓練をさせてはならない。

四 被告は、原告らに対し、本訴訴状送達の日の翌日から

(一)  一の航空機の発着、エンジン作動及び二の訓練がなくなるまで、ならびに、

(二)  一以外の時間帯において、右飛行場の使用により、原告らの居住地、勤務地及び通学地に六〇デシベルAを超える一切の航空機騒音が到達しなくなるまで、

それぞれ毎月三万四五〇〇円を当該月末限り、及びこれに対する当該月の翌月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」というものである。

ところで、横田飛行場に離着陸する航空機の騒音等による被害を理由に抗告人国に対し損害賠償等を求める訴訟(以下「横田基地訴訟」という。)としては、他にいわゆる第一・第二次訴訟と第三次訴訟があり、本件は、いわば第四次訴訟に当たること、また、第一・第二次訴訟は最高裁判所の判決(最高裁第一小法廷平成五年二月二五日判決)により、第三次訴訟は東京高等裁判所の判決(東京高裁平成六年三月三〇日判決)により、いずれも既に終了していることは当裁判所に顕著である。そして、右最高裁判所判決は、本件において相手方らが主張する被害を直接に生じさせている者は抗告人国ではなく米軍であって、抗告人を米軍との共同不法行為者とみることはできず、抗告人に対し米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは、その支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものであり、主張自体失当であるとしており、右東京高等裁判所判決も同旨である。相手方らの本件差止請求の趣旨は、右第一ないし第三次訴訟における差止請求の趣旨とほぼ同一であるところ、相手方らは、右各判決の判断にもかかわらず本件差止請求が認容されるべきことについては、何ら新たな主張も疎明資料の提出もしない。そうすると、本件差止請求について相手方らに勝訴の見込みがないとはいえないとの点については、疎明がないといわざるを得ない。

次に、本件将来請求については、右各判決は、事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降に発生する損害についての賠償請求は権利保護の要件を欠き不適法であるとしており、この判断は、最高裁判所昭和五六年一二月一六日大法廷判決をはじめとする同種訴訟における累次の最高裁判所判決が示すところである。しかしながら、本件の事案の内容に照らせば、本件訴訟の審理については相当の期間を要することが予測され、現時点において、訴状送達の日の翌日以降の損害の賠償を求める本件将来請求のうち、いかなる部分が権利保護の要件を欠き不適法となり、勝訴の見込みがないといえるかは判断できないというほかない(なお、将来の請求について訴え提起手数料の算出の基礎となる訴額をどのように算定すべきかは別個の問題である。)。

相手方らの本件請求中、その余の部分については勝訴の見込みがないとはいえない。

3  相手方らの資力について

(一)  民事訴訟法一一八条にいう「訴訟費用ヲ支払フ資力ナキ者」の「訴訟費用」とは、同条により訴訟救助が付与されるとその納付が猶予される訴訟費用、いわゆる裁判費用がこれに当たると解すべきであり、これを「支払フ資力ナキ者」とは、右の意味での訴訟費用を支払うときは、自己及びその家族の平均的生活に支障を来す者をいうものと解される。

これを本件についてみると、本件訴訟における相手方らを含む原告ら三二〇名の請求のうち過去の損害についての賠償請求の金額は、一人当たり二八七万五〇〇〇円、総額九億二〇〇〇万円であり(これが訴状に訴訟物の価額として記載されている。)、これを訴額とした場合の訴え提起手数料は二八七万七六〇〇円(原告一人当たり八九九二・五円)となる。また、今後の本件訴訟の審理については、証拠調べ等のために相当額の裁判費用を要することが予想される上、本件訴訟の事案の性質・内容等からみて、相手方らを含む原告らにおいて、訴訟の準備、追行のためかなりの程度の支出を要するものと推認されるところ、これらの裁判費用以外に当事者が負担すべき費用、いわゆる当事者費用の存在も、訴訟救助の申立人につき訴訟費用を支払う資力を判断するに際して考慮に入れるべきである。

他方、本件訴訟は、横田基地訴訟の第四次訴訟であり、第一次ないし第三次訴訟が既に上告審又は控訴審の判決により終了していることは前記のとおりであるから、この種訴訟を全く新たに提起し、追行する場合に比すと、本件訴訟に要する裁判費用及び当事者費用は、ともに相当軽減されると考えられる。また、本件訴訟の原告数は三二〇名(世帯数一六一)であるから、仮に本件訴訟全体に要する裁判費用及び当事者費用が高額になったとしても、原告一人当たりの実際の負担額は、さほど大きくならないものとみることができる。

(二)  以上の諸点を前提に検討すると、原決定が引用するとおり、総務庁統計局発行の家計調査年報(平成六年)によれば、平成六年の関東地方における勤労者一世帯(人員数三・五九人)当たりの年間平均実収入(税込み収入)は七一五万六一二八円、同平均実支出(いわゆる生活費に当たる消費支出と税金・社会保険料などの非消費支出の合計)は五六二万五八四〇円であることが認められるから、右平均実支出額に見合う収入(平均実収入額より低額であるから、税金等の非消費支出も少なくなると考えられる。)があれば、他に特段の事情がない限り、平均的な生活を営むことができるとみることができる。このことに、前記のとおり、今後、本件訴訟を追行するためには、原告ら全体としては相当の費用を要することが予測されるが、その一人当たりの金額はさして多くはならないと考えられることを併せ考慮すると、本件においては、三人又は四人の世帯で世帯全体の年収がおおむね六〇〇万円以上の者は、原則として、訴訟費用を支払っても平均的生活に支障を来さないだけの資力があり、右収入に達しない者は、原則として訴訟費用を支払う資力がないものと認め、世帯人員が右人数より多い者又は少ない者については、右の基準を斟酌して資力の有無を判断するのが相当である。原決定は、右基準とすべき年収額を七〇〇万円とするが、同金額は平均実支出額を一三〇万円余上回るものであり、右に説示した諸点に照らすと、高額にすぎるというべきである。

(三)  右基準によって相手方らの資力について判断すると、記録によれば、原告番号四ないし七、一九六、二〇八、二二八、二九八及び二九九の相手方らは、いずれもその世帯人員が三ないし四人で世帯全体の年収額が右基準額を超え、また、原告番号八ないし一一の相手方らは世帯人員が六人、原告番号一七〇ないし一七四の相手方らは世帯人員が五人であるが、いずれも世帯全体の年収額が前記基準をはるかに上回ることが認められるから、相手方らは、いずれも本件の訴訟費用を支払う資力がないとはいえない。

もっとも、原告番号一七〇ないし一七四の相手方らは、その陳述書において、学費に一五〇万円、住宅ローンに一四〇万円、治療費に一五万円、介護費に六〇万円の支出をしている旨、また、原告番号一九六の相手方は、住宅ローンに一五八万円の支出をしている旨述べるが、記録によれば、前者は世帯人員が五人であるのに対し年収額が八〇〇万円を超えている上、前記平均実支出額の中には教育費として年額二七万八七三六円が含まれており、また、住宅ローンの支出は、家計に負担となる反面、不動産を所有していることを意味するから、右各支出があるからといって、右相手方らに本件訴訟費用を支払う資力がないということはできない。

さらに、原告番号二二八の相手方は、その陳述書において、家賃として年間一二〇万円を負担している旨述べるが、記録によれば、同相手方の世帯人員は三名、年収額は約六三〇万円であるが、世帯人員のうち一人は一歳の長女であることが認められ、これに前記平均実支出額の中には年額二三万六四九六円の家賃地代が含まれていることを考慮すると、右支出があるからといって、右相手方に本件訴訟費用を支払う資力がないということはできない。

4  以上のとおり、相手方らはいずれも民事訴訟法一一八条の定める訴訟上の救助の付与の要件を欠くというべきであり、本件抗告は理由があるから、主文のとおり決定する。

(裁判官 荒井史男 田村洋三 曽我大三郎)

別紙当事者目録<略>

【参考】第一審(東京地裁八王子支部 平成六年(モ)第三七九四号 平成七年九月四日決定)

主文

一 別紙申立人目録一記載の申立人らのうち、同目録二記載の申立人らを除くその余の申立人らに対し、いずれも訴訟上の救助を付与する。

二 別紙申立人目録二記載の申立人らの本件各申立をいずれも却下する。

理由

一 本件の本案訴訟である当庁平成六年(ワ)第二九二九号横田基地夜間飛行差止め等請求事件の記録によれば、申立人らが右本案訴訟において勝訴の見込みがないとはいえないことが一応認められる。

二 次に、申立人らは東京都あきる野市、昭島市、青梅市、国立市、小平市、立川市、八王子市、羽村市、東村山市、日野市、府中市、福生市、町田市、武蔵村山市、西多摩郡瑞穂町、埼玉県所沢市、飯能市のいずれかの住民であるところ、総務庁統計局発行の家計調査年報平成六年によれば、関東地方における勤労者一世帯(人員数三・五九人)当たり平均一か月の実収入は五九万六三四四円(年間七一五万六一二八円)であり、同実支出は四六万八八二〇円(年間五六二万五八四〇円)であることを参考にすると、三人又は四人家族で家族全体の年収がおおむね七〇〇万円以上の者は、原則として、訴訟費用を支払っても平均的生活に支障を来さないだけの資力があり、右収入に達しない者は、原則として、訴訟費用を支払うだけの資力がないものと認め、家族数がこれを超え、又はこれより少ない者については、これを斟酌して資力の有無を判断するのが相当である。

三 そこで、右原則のもとに、各申立人につきその家族構成、同一家族内の申立人の数等の諸事情をも斟酌して検討し、次のとおり判断する。

1 訴訟救助を付与すべきものと認められない申立人

(一) 申立人本人又は生計を一にする家族の収入を認めるに足りる疎明資料がない者

別紙申立人目録二1記載の各申立人

(二) 家族数が四人以下で家族全体の年収がおおむね七〇〇万円以上の者

別紙申立人目録二2記載の各申立人

(三) 家族数が五人以上であるが、年収が七〇〇万円をかなり上回り、又は年収が七〇〇万円を下回るが、家族数が二人以下で右(二)に準ずると認められる者

別紙申立人目録二3記載の各申立人

2 訴訟救助を付与すべきものと認められる申立人右1の(一)ないし(三)記載の各申立人を除く各申立人

四 以上のとおりであるから、本件申立人らのうち、主文第一項記載の申立人らに対してはいずれも訴訟上の救助を付与し、その余(主文第二項記載)の申立人らに対してはその各申立てをいずれも却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 島内乘統 水谷美穂子 松田典浩)

別紙申立人目録<略>

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